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「ダンス・ダンス・ダンス」の音楽を紹介

「ダンス・ダンス・ダンス」の音楽2

ダンス・ダンス・ダンスの劇中曲

ダンス・ダンス・ダンス

出版社:講談社文庫
単行本発売日:1988/10
文庫:上415ページ 下408ページ

上 : P.169
オドルンダヨ、と思考がこだました。
踊るんだよ、と僕は口に出して復唱してみた。
そして十五階のボタンを押した。
十五階でエレベータを下りると、天井に埋めこまれたスピーカーから流れるヘンリー・マンシーニの「ムーン・リヴァー」が僕を出迎えてくれた。現実の世界――僕がおそらく幸せになることもできず、おそらく何処にも行くことのできない現実の世界。

上 : P.203
仕方がないので僕はシートに深く身を沈め、目を閉じた。そして昔のことを思い出した。僕が彼女の年頃であった当時のことを。そういえば僕もその頃はロック・レコードを集めていた。45回転のシングル盤を。レイ・チャールズの「旅立てジャック」やら、リッキー・ネルソンの「トラヴェリン・マン」やら、ブレンダー・リーの「オール・アローン・アム・アイ」、そういうのを百枚くらい。歌詞を暗記するくらい毎日繰り返して聴いた。僕は頭の中で試しに「トラヴェリン・マン」の歌詞を思い出して歌ってみた。信じられない話だけれど、まだ歌詞を全部覚えていた。どうしようもない下らない歌詞だったが、歌ってみるとちゃんとすらすら出てきた。若い頃の記憶力というのは大したものだ。無意味な事柄を実によく覚えている。

And the China doll
down in old Hongkong
waits for my return.

トーキング・ヘッズの歌とは確かにずいぶん違う。時代は変わる――タアアアイムズ・ア・チェエエエンジン……

上 : P.208
僕はスーツケースをかつぎあげてトランクに放り込み、雪の降りしきる道路をゆっくりと何処にいくともなく車を走らせた。ユキはショルダー・バックの中からカセット・テープを出して、カー・ステレオに入れ、スイッチを押した。デヴィッド・ボウイが「チャイナ・ガール」を歌っていた。それからフィル・コリンズスターシップトマス・ドルビートム・ぺティー&ハートブレーカーズホール&オーツトンプソン・ツインズイギー・ポップバナナラマ。そういうローティーンの女の子がごく普通に聴きそうな音楽がずっと続いていた。ストーンズが「ゴーイン・トゥー・ア・ゴーゴー」を歌った。「この曲知ってる」と僕は言った。「昔ミラクルズが歌ったんだ。スモーキー・ロビンソンとミラクルズ。僕が十五か十六の頃」
「へえ」とユキは興味なさそうに言った。
「ゴオイン・トゥ・ア・ゴッゴ」と僕も曲にあわせて歌った。
それからポール・マッカートニーとマイケル・ジャクソンが「セイ・セイ・セイ」を歌った。

上 : P.208
ワイパーがいかにも大儀そうに窓についた雪片をぱた・ぱた・ぱたと払い落としていた。車の中は暖かく、ロックンロールは心地良かった。デュラン・デュランでさえ心地良かった。
上 : P.209
それで、僕はそのテープをセットした。まずサム・クックが「ワンダフル・ワールド」を歌った。「僕は歴史のことなんてよく知らないけれど……」、いい歌だ。サム・クック、僕が中学三年生の時に撃たれて死んだ。バディー・ホリーオー・ボーイ」。バディー・ホリーも死んだ。飛行機事故。ボビー・ダーリンビヨンド・ザ・シー」。ボビー・ダーリンも死んだ。エルヴィスハウンド・ドッグ」。エルヴィスも死んだ。麻薬漬け。みんな死んだ。それからチャック・ベリーが歌った。「スイート・リトル・シックスティーン」。エディー・コクランサマータイム・ブルースエヴァリ・ブラザーズ起きろよスージー」。
僕は歌詞の覚えている部分だけを一緒に歌った。
上 : P.210
デル・ヴァイキングスの「カム・ゴー・ウィズ・ミー」がかかったので、僕はしばらくそれを一緒に合唱した。「退屈じゃない?」と僕は聞いてみた。
「ううん。悪くない」と彼女は言った。

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